大判例

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福岡高等裁判所 昭和59年(行ス)1号 決定 1985年1月14日

抗告人(被告) 総務庁恩給局長

相手方(原告) 成松シゲ子

主文

原決定を取り消す。

大分地方裁判所昭和五八年(行ウ)第九号行政処分無効確認請求事件を東京地方裁判所に移送する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、主文第一、二項同旨の裁判を求めるというものであり、その理由の要旨は、原裁判所は、右事件については行政事件訴訟法三八条一項、一二条三項により大分地方裁判所も管轄権を有するとして抗告人の移送申立を却下するとの決定をしたが、大分県知事は右無効確認請求の対象である扶助料受給権失権処分について事案の処理にあたつた下級行政機関には該当しないから、原決定は不当であるので、原決定を取り消し、右事件を同法三八条一項、一二条一項により管轄権を有する東京地方裁判所に移送するとの裁判を求める、というにある。

そこで検討するに、本件記録によれば、相手方は昭和三二年二月二二日付で夫成松良吉が昭和二〇年八月一五日戦死したことの死亡告知を受け、昭和三三年八月一日恩給法に基づく扶助料の請求書を米水津村役場に提出したこと、同役場係員は、相手方が当時訴外柳井輝雄と事実上の婚姻関係にあつたことを理由に、未帰還者留守家族援護法に基づく留守家族手当の受給権を失つていたところから、相手方が提出した扶助料請求書をそのまま抗告人に進達するか、あるいは次順位者である亡良吉と相手方の長女名義の扶助料請求書を提出させるとともに、相手方提出の請求書には恩給法八〇条二項所定の事由があることを申し立てる旨を記載した申立書と題する書面を添付させるかについて疑問を抱き、大分県の係員と協議したところ、後者の書類をも整えたうえ相手方が提出した請求書とあわせて進達するのが相当であるとの指示を受けたので、右指示にしたがつて処理をしたこと、抗告人は、右のとおり進達された一件書類に基づいて相手方に対し受給権失権処分をするとともに、亡良吉と相手方の長女に対し扶助料を支給する旨の裁定をしたこと、大分県の係員がした右の指示は、相手方が提出した請求書のみを抗告人に進達した場合、抗告人から恩給法八〇条二項所定の事由の有無についてさらに調査や関係書類の調製の依頼を受け、相手方あるいは相手方の長女に対する扶助料の支給が遅延することがありうるとの配慮から、書式にのつとり、両方の書類を調整し進達することとしてなしたものであることが認められる。

右の事実を総合して考えると、大分県知事は、本件扶助料受給権失権処分に関し、その基礎となる資料を収集し、しかもその資料は右処分に重要な影響を与えたというべきであるが、しかしそれ以上に右の処分が相当である旨の意見等を具申するなど処分の成立に積極的に関与した事実はなく、また抗告人がそのような意見等に基づいて処分を行なうべきことを定めた法令上の根拠も存しないことに照らすと、右の資料収集及びその資料が処分に重要な影響を与えたとの事実だけから、ただちに大分県知事が行政事件訴訟法第一二条三項にいう右処分につき事案の処理にあたつたものとは到底いい難い。

よつて右と異なる原決定を取り消し、大分地方裁判所昭和五八年(行ウ)第九号行政処分無効確認請求事件を行政事件訴訟法第三八条一項、一二条一項による管轄裁判所である東京地方裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 齋藤次郎 石井義明 江口寛志)

原審決定の主文、事実及び理由

主文

被告の本件移送申立を却下する。

事実

一 被告指定代理人は、本案前の申立として「本件訴えを東京地方裁判所に移送する。」との裁判を求め、その理由として次のように述べた。

1 原告の本件請求は、総務庁恩給局長(昭和五九年七月一日変更前の名称、総理府恩給局長)が昭和三四年四月八日付でなした原告の旧軍人成松良吉に係る公務扶助料の受給権を昭和二九年一〇月一日をもつて失わせる旨の処分の無効確認を求めているものであつて、同局長を被告とするものである。したがつて本件訴訟の管轄は、右被告行政庁の所在地を管轄する東京地方裁判所に属する(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)三八条一項、一二条一項)。

2 本件扶助料請求書は、米水津村長、大分県知事、厚生大臣を経由して被告に提出されている経緯があるが、右米水津村長及び大分県知事は本件扶助料請求に関しては元来被告の「下級行政機関」にはあたらない。

3 行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当つた」というには、単純に調査の嘱託を受け資料の一部を収集した程度では足りず、積極的に処分に関与し、重大な影響を与えたことが必要であると解すべきところ、米水津村長及び大分県知事は、本件処分の成立に積極的に関与したり、これに重大な影響を与えたものでもないのであるから「事案の処理に当つた」下級行政機関には該当しない。すなわち、

(一) 米水津村長は、恩給給与規則第二二条に準じ提出された恩給請求書類等を受け、これらに不備があるか否かを確認する等したうえ、大分県知事に送付したにすぎないのである。

もつとも、本件において同村長は、原告に対し、失権処分の根拠になつた「事実婚についての申立書」(以下「本件申立書」という)の提出を求めているが、これは、恩給法八〇条三項の規定等による被告の包括的な協力依頼の求めに応じた資料収集行為にすぎず、右行為をもつて、同村長が被告に対し実質上の意見具申をなして、本件処分の成立に関与したということはできない。

けだし、事実婚か否かの認定は、被告の権限に属するのであつて、被告は、恩給の受給権の存否についての処分に際しては、事実を証する資料のみに基づいて判断し、他の官公署の意見を求め、それに基づいて処分をするものではないからである。本件失権処分に際しても、被告は米水津村長に対し、原告が事実上婚姻関係と同様の状態に入りたるものか否かについての認定、判断ないし意見を求めたことはないのである。

(二) 大分県知事は、米水津村長から送付を受けた本件扶助料請求書等を単に厚生大臣を経由して被告に進達したにすぎず、その際、実質的な調査判断は一切していない。

二 原告代理人は、被告の移送の申立を却下する旨の決定を求め、その理由として次のとおり述べた。

本訴請求については、大分県内に、本件事案の処理にあたつた被告の下級行政機関が存在しているのであるから行訴法一二条三項により大分地方裁判所の管轄に属するというべきである。

すなわち、

1 旧軍人に係る公務扶助料の請求は、請求者たる遺族の住所地の都道府県知事を経由すべきことが恩給給与規則六条但書、恩給給与細則二条但書により規定されており、また、市町村長が恩給請求に関する事務に関与する根拠は、昭和二八年一〇月一六日付発総第五二五号引揚援護庁長官の指示によるものであつて、右のとおり都道府県知事及び市町村長は順次法による委任を受けて恩給請求に係る事務に関与しているのであるから、右事務に関し、行訴法一二条三項にいう「下級行政機関」に該当すると解すべきである。

2 次に、本件においては、大分県知事ないし米水津村長は、行訴法一二条三項にいう当該処分に関し「事案の処理に当たつた」下級行政機関に該当するというべきである。すなわち、

右の「事案の処理に当たつた」とは、下級行政機関の事案の調査に基づく意見具申等によつて上級庁が処分をする等、下級行政機関が処分の成立に関与することをいうものと解されるところ、原告に関する恩給受給権の失権事由すなわち事実婚についての調査、認定、判断は、実質的には、大分県知事ないしは米水津村長がなし、これを原告名の本件申立書の形をかりて被告に対し意見具申し、本件処分の成立に関与したもので、被告による本件処分は、大分県段階でなされていた右失権を前提とした事務処理をいわば追認したにすぎないのである。

理由

一 本件において、米水津村長はさておき、大分県知事が行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たつた下級行政機関」に該当するかについて考察する。

1 まず、同項にいう「下級行政機関」とは、被告と上級・下級の関係にある行政機関を指し、いわゆる行政庁であると内部的な組織法上の機関であるとを問わないと解すべきところ、元来都道府県知事は、地方自治法一四八条一項、二項、別表第三の一の(一)によりいわゆる機関委任事務として「恩給法及びこれを準用する法律の定めるところにより恩給を受ける権利を裁定すること」とされているうえ、恩給給与細則(昭和二八年九月二九日総理府令第六七号)二条但書によると、旧軍人、旧準軍人及び旧軍属(以下「旧軍人等」という)の遺族の恩給については、請求者の住所地を管轄する都道府県知事及び厚生大臣を経由して被告に差し出すことを要するとされており右規定によると、被告と大分県知事は、本件のように旧軍人等の恩給請求手続については上級・下級の関係にある行政機関と認めるのが相当である。

2 次に、大分県知事が「事案の処理に当たつた」下級行政機関に該当するかについて検討する。

成立に争いのない甲第二ないし第五号証、第一五、第一六号証、証人出納英雄の証言及び弁論の全趣旨によると、

(一) 大分県知事は、未帰還者留守家族援護法に基づく留守家族手当の給付に関する権限を有し、右給付の適正を図るため毎年一回受給権調査を行なつていた。同知事は右手当の給付を受けていた原告についても右調査を行つたところ、同人が訴外柳井輝雄と事実上の婚姻関係にあり、留守家族手当受給の条件(同法七条)を欠くことになつたと認定することとなり、その調査結果に基づき、原告に対する留守家族手当の給付を打ち切つて、次順位権利者である原告の長女に支給することを決定し、その結果、右失権以後、原告は、右支給について長女の親権者として支給を受けることとなつた。

(二) その後原告は、故成松良吉の死亡公報発令に接し、昭和三三年八月一日、恩給法に基づく公務扶助料給付請求書を米水津村長に提出した。その際、同村の担当者は、原告が前記未帰還者留守家族援護法に基づく給付に関し、既に事実婚状態にあるとの理由で権利を失つていたことから、右請求の取扱い方について大分県知事に照会したところ、大分県知事は右照会を受けて、米水津村長に対し、恩給法に基づく公務扶助料請求についても右未帰還者留守家族援護法に基づく給付請求と同様、原告が事実婚状態にあつたと認定のうえ、失権させることを相当とし、原告の失権後は、次順位者の長女名義で請求をさせるよう指示した。そこで、米水津村長は、原告について恩給請求書類を整える一方で大分県知事から付与された書式にのつとつて、米水津村の恩給事務担当者において、原告の失権を基礎づける資料となる本件申立書を起案したうえこれに原告をして署名押印させて右請求書類に添付させ、これと同時に、恩給受給権の次順位者たる原告の長女の恩給請求書類を作成提出させ、これらを大分県知事に交付した。

(三) 大分県知事は、右交付を受けた両方の恩給請求書類を共に厚生大臣を経由して被告に送付した。被告は、原告の失権事由の存否について右送付を受けた書類を審査した以外特段の事実調査をせず、本件申立書を事実婚認定の根拠として原告を失権処分に付した。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たつた」とは単純に調査の嘱託等を受けて資料の一部を収集した程度ではなく、処分の基礎となる資料を積極的に収集し又は処分についての意見具申を行うなど積極的にその処分等に関与し重要な影響を与えたことをいうと解すべきところ、前記認定事実によると、大分県知事は、自らが処分権者である未帰還者留守家族手当の給付に関し、原告が事実婚状態にあるとの認定の下に失権処分を行つていたことから、同様の受給要件の定めのある本件扶助料請求についても原告が事実婚状態にあつたとして失権事由を認定したうえ、米水津村長をして右認定にそう本件申立書を添付した請求書類を作成させ、これを厚生大臣を経て被告に送付し、被告は独自の調査を行うことなく、本件申立書等の申請書類の審査によつて本件失権処分をなしたものであるから、大分県知事の右行為は、単に上級庁の調査の嘱託等を受けて資料の一部を収集したにとどまらず、独自の判断に基づいて処分の基礎となる資料を収集し、積極的に本件処分に関与して重要な影響を与えたものと解するのが相当である。

二 そうすると、米水津村長はともかくとしても、大分県知事は、本件処分の事案の処理にあたつた下級行政機関というを妨げず、行訴法一二条三項の規定により大分県知事の所在地を管轄する当裁判所も本件訴訟の管轄裁判所たりうるというべきである。

よつて、被告の本件移送申立は理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

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